特集

2025年3月号

失敗しっぱい成功せいこうも、未来に生かされる」
人気漫画まんが『ねこねこ日本』のそにしけんじ先生スペシャルインタビュー

もくじ

みなさんには将来しょうらいゆめはありますか? 今回は、漫画家まんがかになるというこどものころからのゆめをかなえて活躍かつやくされている、そにしけんじ先生にお話を聞きました。

そにしけんじ先生は、ねこがプロ野球選手せんしゅになって大活躍だいかつやくする『ねこピッチャ―』(中央公論新社ちゅうおうこうろんしんしゃ)や、ねこがラグビーをする『ラガーにゃん』(光文社)など、大好だいすきなねこを主人公にした作品をたくさん生み出している人気漫画家まんがか。中でも『ねこねこ日本』(実業之日本社じつぎょうのにほんしゃ)は、歴史れきし上の人物をねこ化したキャラクターがくり出すねこの習性しゅうせいを楽しく読みながら、日本の歴史れきしも学ぶことができる4コマ漫画まんがで「かわいくて勉強になる」と、小学生からも大人気です。

そにし先生は小学生のころ、漫画まんが大好だいすきな野球少年で、プロ野球選手せんしゅ漫画家まんがかになることがゆめだったそう。そにし先生は、どのようにゆめをかなえていったのでしょうか。

プロ野球選手せんしゅにあこがれた小学生のころ

そにし先生は北海道の出身ですが、大学に進学するまでは奈良県ならけんで育ちました。「こどものころは、家のまわりに自然しぜんがあふれていたので、友だちと一緒いっしょに虫をとったり、魚つりをしたりして、外で遊んでばかりいました」と話します。

そして、家族全員がねこきだったので、家についた野良のらねこをそのままって、家にはいつもねこがいたそうです。
「ねこをペットショップで買ったことはないんです。今はっていないのですが、また出会いがあれば…」と思っているそう。

こどものころからねこがきだったことが、先生の今の作品づくりにもつながっています。

18年をともにごしたねことは、「ふとんで一緒いっしょていました」とそにし先生

「こどものころは、父が漫画まんが歴史れきしきだったので、家にたくさんあった有名な漫画まんがを読んだり、父と一緒いっしょ時代劇じだいげきを見たりしていました。そして母がプロ野球チームの大ファンだったので、野球も大好だいすきでした。そんなこともあって、こどものころは、プロ野球選手せんしゅ漫画家まんがかのどちらかになりたい、と考えていました」

野球選手せんしゅを目指し、小学校高学年では少年野球チームに入りました。野球漫画まんがの名作『ドカベン』(秋田書店)の主人公にあこがれ、ポジションは同じキャッチャー。ところが中学で野球部に入ると、仲間なかまとのレベルがあまりにちがいすぎて、「絶対ぜったいにプロ野球選手せんしゅ無理むりだ」と思ったそうです。

「でも、レギュラーになって試合しあいに出ることがすべてではありませんでした。試合しあいに出られない友人たちと一緒いっしょに野球に打ちこみ、ふざけ合うことが楽しかった。プロ野球選手せんしゅになるゆめはかないませんでしたが、それでも中学時代の部活動では、1日も休まずに練習をつづけました」と得意とくいげにわらいます。 ちょうどこのころ、きな漫画まんがを学ぶために、雑誌ざっし裏側うらがわでたまたま見つけた漫画まんが通信つうしん講座こうざ受講じゅこうしたこともあったそうです。

会社員から、漫画家まんがかへの道のり

そにし先生は大学生になってから、漫画家まんがかをめざそうと真剣しんけんに考え、しょう応募おうぼしたり、自分でいた作品を出版社しゅっぱんしゃに持っていってんだりしたそうです。

ですが、漫画まんが雑誌ざっし連載れんさい漫画まんが担当たんとうできるようにならなくては、むねって「一人前の漫画家まんがか」とは言えないと考えていたため、一度は、会社員としてはたらきました。

「なんとか月刊げっかんに1本はくようになってはいましたが、それでは生活していけませんでした。はたらきながら、家で地道に漫画まんがつづけていました」

会社での仕事のかたわら、一生懸命いっしょうけんめいいた作品をしょう応募おうぼしても、出版社しゅっぱんしゃに作品をんでもなかなかみとめられず、がっかりする日々がつづきました。「25さいまでにデビューできなくては、漫画家まんがかになるのは無理むり」と言われたこともあったそうです。ですが、そにし先生は30さいぎても漫画家まんがかとして一流になりたいというゆめを追いつづけ、たくさんの出会いや経験けいけんを通して、ようやく34さいにしてヒット作を生み出すことができました。

会社員の時は、苦労くろうや自分の思うようにならないこともあったそうですが、それも今思えば意味のある経験けいけんだったと言います。「ぼくが就職しゅうしょくしたのは印刷いんさつ会社だったので、1さつの本ができるまでにどれだけ多くの人がかかわっているのかということも、会社員をしていたからこそ知ることができました。それは今の漫画家まんがかの仕事でも役立っています。はじめはやる気がしないことでも、とらえ方によっては楽しくすることができる。いま向き合わなければならないことの中に、将来しょうらい自分のかてになるものがきっとあります」

漫画家まんがか魅力みりょくあるストーリーをき、読者をひきつけるためには、えがす世界に「リアルさ」が必要ひつようになります。そにし先生は、「漫画家まんがかはこれまでに自分が出会った人、やってきた経験けいけんきなことがすべて生かせる仕事です。本だけで知識ちしきくのと、実際じっさいに目で見て経験けいけんしたことをくのは大きなちがいがあります。すべての人生経験けいけんが今、役に立っています」と、話してくれました。

ねこピッチャー』の漫画まんがくそにし先生。アイデアノート(左)にはキャラクターのセリフがびっしり

大好だいすきな「ねこ」を主人公にしたキャラクター開発

そにし先生は、「ほかの作品とはちがう漫画まんがきたい」という一心で、これまでさまざまな動物を主人公にした漫画まんがいていました。「はじめはカメをきました。それからザリガニ。ねこはきすぎて、絵にするとリアルになってしまって、なかなか漫画まんがにできなかったんです」

ではそにし先生は、どうして大好だいすきなねこを主人公にした漫画まんがくようになったのでしょうか。

🍜『ねこラーメン』

はじめてねこを主人公にした漫画まんがは『ねこラーメン』(マッグガーデン)。

猫ラーメン書影
©そにしけんじ/マッグガーデン

このキャラクターは、最初さいしょはねこではなく、“人間のおじさん”が主人公だったためか、どこの出版社しゅっぱんしゃんでも興味きょうみを持ってもらえなかったと言います。でもそにし先生はそこであきらめませんでした。
「それならばいっそのこと発想をえて、“主人公をねこ”にしてみようと思い立ちました。姿すがたはねこだけれど、中身は“野望やぼうにあふれたおじさん”(笑)。おもしろい化学反応はんのうが生まれました」

🐱『ねこねこ日本

『ねこねこ日本』は、もし歴史れきしの登場人物たちが“人間”ではなくて“ねこ”だったら、日本の歴史れきしはどうなっていただろう、というそにし先生のユニークな発想をもとにかれています。

「本屋さんでは、児童じどう向けの漫画まんがの売り場が小さくなってきました。だから次の作品は児童書じどうしょコーナーにけるような漫画まんがけないか、と思っていました。いろんな出版社しゅっぱんしゃが日本の歴史れきし漫画まんがいた本を出していて歴史れきし漫画まんがはたくさんありますが、全部ねこで歴史れきしく人はいません。
はじめは、『卑弥呼ひみこ』の話をいていろいろな出版社しゅっぱんしゃみましたが、全部ことわられました(笑)。原稿げんこうあずけていた知り合いが、ねこと歴史れきしが両方きな編集者へんしゅうしゃ紹介しょうかいしてくれて、本として出すことができました」

こども向けに漢字にルビがついた「ジュニアばん」も©そにしけんじ/実業之日本社じつぎょうのにほんしゃ

楽しく歴史れきしが学べる『ねこねこ日本』はこどもだけでなく保護者ほごしゃからも支持しじされ、累計るいけい185万部発行の大人気だいにんき作品です。

⚾『ねこピッチャー』

ねこピッチャー』は、そにし先生が大好だいすきなねこと野球がむすびついた作品です。主人公「ミー太郎たろう」は、豪速球ごうそっきゅうを投げるプロ野球のピッチャー。先生は、『ねこラーメン』とちがって、主人公をできるだけ本物のねこに近づけ、もし本物のねこがプロ野球選手せんしゅになったら…ということを想像そうぞうしてストーリーを考えていると話します。

©そにしけんじ/中央公論新社ちゅうおうこうろんしんしゃ

漫画まんが制作せいさくでは、キャラクターの性格せいかくとか個性こせいを作りあげるのがもっと大変たいへんで、一番頭をなやませるところです。キャラクターができると、ひとりでに動き出してくれますよ」とにこやか。ミー太郎たろう試合しあい中にねむってしまったり、バットでツメをといだり、ねこらしい行動に思わずにやけてしまう展開てんかいは、こうして生み出されています。

「今は、『ねこピッチャー』を漫画家まんがかになり、ある意味でプロ野球選手せんしゅ漫画家まんがかになるという両方のゆめがかないました」と、笑顔えがおのそにし先生。「『ねこピッチャー』は新聞掲載けいさい漫画まんがなので、さまざまな年代の、たくさんの人の目にふれます。ギャグによってはきずつく人がいるかもしれない。なので、だれかをけなしたりおとしめたりするようなことがないように気をつけています。どんな人が読んでも、いやな気持ちにならないようにすることを一番大切にしています」
これが、そにし先生の作品が、多くの人からあいされる理由なのかもしれないですね。

©そにしけんじ/中央公論新社ちゅうおうこうろんしんしゃ

みなさんへのメッセージ

自分の思いを大切にしたことで、漫画家まんがかになるゆめをかなえたそにし先生。4月から新しいステージにステップアップするみなさんに、メッセージをいただきました。

子どもが手紙を読むイラスト

将来しょうらいゆめがある人、自分のきなことがある人は、そのきなことをつづけてください。ゆめにつながるチャンスはいつ転がってくるのかわかりません。『自分がきだ』と思ったこと、『これこそが“自分らしさ”だ』と思ったら、簡単かんたんにあきらめないで、つづけることが大切です。

また、やりたいことやゆめが見つからない人も、あきらめないでください。何がきで、何が自分に向いているのか、というのは自分でもなかなかわからないものです。まったく興味きょうみがないことでも、やってみるとすごく楽しかった、ということもあるかもしれません。

それにたとえば、もし何かに失敗しっぱいしたり、自分に向かないなと思ったとしても、こうした経験けいけんは、あとでかならず役に立ちます。んだあとは少しずつ、前を向きましょう。 ただ『本当にいやだな』と思ったら、無理むりをしなくてもいい。大きなかべにぶつかったら、わき道を見つければいいし、ちが方法ほうほうを考えてもいい。げてもいい。これでなくてはダメと決めつけず、いろいろやってみると、自分のきな道が見つかるかもしれません」

すべての経験けいけん未来みらいにつながる

もうすでにゆめがある人も、そうでない人も、みなさんはこれから、たくさんの出会いや経験けいけんを重ね、それはあなたの人生の栄養えいようになっていきます。ゆめにつながる道は一つではありません。みなさんもそにし先生のように、いろいろな方法ほうほうで、ゆめにつながる道をさがしてみましょう。

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