2023年12月号
東京都を支える仕事❹ 上野動物園の飼育係の仕事
世界の動物に会える動物園。東京都には恩賜上野動物園(台東区)、多摩動物公園(日野市)、葛西臨海水族園(江戸川区)、井の頭自然文化園(武蔵野市)、大島公園動物園(大島町)という5つの都立動物園・水族園があります。私たちにとっては「動物たちを間近で観察して楽しむところ」である動物園。ですが、開園日も休園日もその動物たちの健康を支え、お世話する人たちがいます。それが「飼育係」です。
動物たちと触れ合えるの? なついてくれるの? 上野動物園の密本大雅さんに、動物園の飼育係の仕事についてお話を聞きました。
飼育係の一日
上野動物園は、1882年(明治15年)に日本で最初にできた動物園。ここでは約300種計3000点の動物を飼育しています。密本さんは、飼育係になって6年目。アジアゾウとホッキョクグマを担当しています。
▶8:30 出勤 ユニフォームに着替える
アジアゾウの寝室に向かい、エサは残していないかどうか、どこか痛がっているところはないかなど、健康状態をチェックします。問題なければ屋外展示場へ移動させ、寝室の掃除をします。
上野動物園では、「スーリヤ」(メス、1994年生まれ)、「ウタイ」(メス、1998年生まれ)、ウタイの子「アルン」(オス、2020年生まれ)の3頭のアジアゾウを飼育しています。
▶9:30 開園
アジアゾウの寝室の掃除が終わると、次は、ホッキョクグマ舎に向かい、同じように寝室で健康チェック。展示場にホッキョクグマを出して寝室の掃除をします。
上野動物園のホッキョクグマは「イコロ」(オス、2008年生まれ)と「デア」(メス、2008年生まれ)。野生のホッキョクグマの生活と同様にふだんはオスとメスを分けて管理していますが、メスの繁殖期に合わせて日中のみ同じ場所で過ごしています。
▶10:30 アジアゾウとホッキョクグマのエサやり
ゾウは大きな体を維持するために大量の植物を食べます。エサとして生の草や干し草、シラカシなどの枝葉や竹、ニンジン、バナナ、大型草食獣用ペレット(動物用の固形のエサ)など大人のゾウは1日に約80キロもの量を食べるそうです。体重340キロのホッキョクグマは、肉を中心に1日に8~10キロの量を食べます。たくさん食べるので、エサの準備は大仕事!
これは上野動物園の台所「飼料室(左)」と「ペレット倉庫(右)」です。 「人間と同じように、動物にもそれぞれ好き嫌いがあります。ホッキョクグマは肉が大好き。でも肉だけだと太りますし、栄養バランスも考えてあたえます」と密本さんが教えてくれました。
▶11:00 アジアゾウの「ハズバンダリートレーニング」
「ハズバンダリートレーニング」とは、動物に協力してもらいながら、健康管理を行うためのトレーニングのことです。ホッキョクグマ舎の掃除を終えるとアジアゾウ舎に戻り、ハズバンダリートレーニングをします。飼育係の安全のため、すべて柵ごしで行います。 体調管理のためにゾウは耳から血をとって調べるのですが、そのための練習や、とてもデリケートな足の裏をチェックするため、柵の小さな窓から足を出してもらう練習をします。「人間の都合で無理やりやらせるのでなく、ゾウに進んで協力してもらう必要があります」と密本さんは話します。
❖採血のために
❖足の手入れのために
❖体重測定のために
▶13:00 観察&様子を記録
班内ミーティングでそれぞれの動物の様子を共有。その後は午前と同様にアジアゾウのトレーニング、ホッキョクグマのトレーニングを行う。空いた時間でホッキョクグマの観察とエサやり、ゾウとホッキョクグマの夕方のエサの準備。事務作業もこの時間に!
▶15:00 アジアゾウを寝室に戻す
アジアゾウの屋外展示場を掃除する。
▶16:30 ホッキョクグマを非公開の寝室に戻す
ホッキョクグマの展示場を掃除し、ホッキョクグマ舎に施錠する。
▶16:50 ミーティング
チームのメンバーに担当の動物に関するすべての情報を伝えるとともに、動物のこれまでの状態をいつでも見返すことができるように、一日の仕事の内容を日誌にも詳しく記入します。
▶17:15 勤務終了
お疲れさまでした!
アジアゾウとホッキョクグマの見どころ
つづいて密本さんに、担当しているアジアゾウとホッキョクグマの観察のポイントを聞きました。
アジアゾウ
陸上で最大の動物としてよく知られているゾウは、アジアゾウとアフリカゾウ、マルミミゾウの3種類がいます。体全体では、アフリカゾウの方が大きく、アジアゾウは背中に丸みがあります。耳と鼻の形も見分けるポイント。アジアゾウはアフリカゾウにくらべると耳が小さいのが特徴です。またアジアゾウの鼻にある上部分のでっぱりをうまく使い、小さな果物から細い干し草まで器用につかみ取ることができます。
ホッキョクグマ
「ホッキョクグマは実は皮膚の色は黒いんです」と意外な事実も。はえている毛も1本1本は実は白ではなく透明で雪の上では光が反射して白く見え、目立ちにくくなっています。また、中がストローのように空洞になっているため、温かい体温を中にためておけるようになっているそう。
掃除の様子。休園日にはプールの水を抜いて、展示スペースをすみずみまできれいにする
実は動物とは「仲良くなりすぎない」のがルール
密本さんは「動物の魅力を伝える仕事がしたい」と飼育係を目指し、高校を卒業すると、野生動物やペットなどの愛玩動物の飼育管理を学ぶ専門学校に入りました。動物園の飼育係には、密本さんのように専門学校を卒業した人のほか、大学で生物関係の勉強をした人がいます。
動物好きの人が多い職場ですが、異動により担当動物も数年で交代し、特定の動物を長く担当することは少ないそう。「動物がなついてしまうと、その人がいなくなると動物の管理が難しくなることもあります。だれでも同じように管理できるようにするには、必要以上に近づかないことが大切です。また、私が担当するゾウやクマは猛獣です。事故が起こらないようにするためにも、トレーニング時以外で直接触れることはありません」と、意外な接し方を教えてくれました。
動物の世話に休みはありません。密本さんは7人の飼育係がいる班にいて、アジアゾウ、ホッキョクグマのほか、ニホンザル、キジなどの鳥類も担当しています。交代で休みをとりながら、毎日必ず4人が出勤しています。それは年末年始やお盆休みなどでも例外はありません。
地球環境の重要性を伝える都立動物園
密本さんは「哺乳類において近い関係にある『近縁種』では、赤道付近から北極まで北に住んでいる種ほど体が大きくなっています。それは、体が大きな方が体温を保ちやすいからです。上野動物園のホッキョクグマ舎のとなりには他に3種類のクマがいます。マレーグマ、ニホンツキノワグマ、ヒグマ、そしてホッキョクグマの計4種を南から北に順番にみることができます。その大きさの違いを比べてみてください」とも教えてくれました。
ホッキョクグマは地球温暖化の影響で生息地である北極の氷がとけて少なくなり、絶滅の危険にあると言われています。また、アジアゾウも森林伐採によって生息地域がせまくなり、また貴重品であるゾウの牙(象牙)をねらった違法なりょうによってその数を減らし、ホッキョクグマと同様、絶滅危惧種に指定されています。
都立動物園・水族園ではこうした貴重な動物たちを展示して地球環境の危機を伝え、希少生物を守る活動も行っています。みなさんも動物園にいったら、生態観察を楽しみながら動物たちの豊かな個性を間近に感じ、生きものたちが織りなす「生物多様性」に思いをめぐらせてみましょう。
取材協力=恩賜上野動物園 写真提供=(公財)東京動物園協会