2023年10月号
「それぞれの“興味”を大切に」 ノーベル賞受賞者・白川英樹先生からのメッセージ
さまざまな分野で世界に貢献した人を表彰する「ノーベル賞」の受賞者が10月に発表され、12月に表彰式が行われます。日本国籍の受賞者はこれまでに25人。それを部門別でみると、文学賞や平和賞の受賞者もいますが、物理学賞、化学賞、生理学・医学賞といった理科系の受賞者が22人います。
最近、理科にあまり興味がないという子どもたちが増えているという話もありますが、ノーベル賞で日本人が受賞したというニュースを聞くと、ワクワクしませんか? 2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹先生に、ご自身の子どものころの話や、今の子どもたちへのメッセージを聞きました。
“電気を通す”プラスチック?! 世紀の発見でノーベル賞受賞
白川先生は1936年、東京生まれ。医者だった父の仕事の関係で、小さいころは引っ越しが多かったそうです。小学校3年生のときに、母の実家がある岐阜県高山に戻り、高校を卒業するまで暮らしました。その後東京工業大学に進学し、研究の道へ。そこで白川先生は“電気を通す”プラスチック高分子※1という大発見をし、ノーベル化学賞を受賞しました(「導電性高分子の発見と発展※2」)。“プラスチックは電気を通さない”という世界の常識をくつがえしたことが評価されたのです。
「わたしは決して秀才ではありませんでした」と語る白川先生ですが、「好きなことや得意なことから生まれた疑問を大切に」と話します。
※1 高分子…プラスチック・ゴム・ペットボトルや服など、私たちの生活のいたるところ使われ、自然にも存在していて、直接目で見ることができない小さな粒がたくさん結びついてできています。
※2 導電性…“電気を通す”という意味。白川先生の発見により、金属よりも軽くて、しなやかで加工しやすく値段も安い、電気を通す素材を人工的に作ることができるようになりました。例えばプラスチック製の太陽電池や、タッチパネルなどに使われています。
苦手なこともたくさんあった小学生時代
「わたしは植物の栽培や昆虫採集が大好きな子どもでした。部屋は昆虫の標本だらけ。算数や理科は、勉強をしなくても成績はわりとよい方でしたが、国語、とくに作文が苦手でした。中学校の卒業文集には、将来『プラスチックを改良する研究がしたい』と書いています」
「当時、水を通さないテーブルクロスなどプラスチック系の商品が、身のまわりに増えはじめていました。プラスチックは素材としておもしろいけれど、熱を加えるとのびてしまい、それが冷えるとそのまま固まってしまうという欠点もあります。だからその改良をしたいと、今思えばこのころからプラスチックに強い興味を持っていました。今ではプラスチックのゴミなどが悪者あつかいされていますが、わたしが子どものころは夢のある新素材でした」
学生時代の「趣味」や「回り道」が全部研究につながった
「高校時代はラジオ作りに熱中していました。卒業後に、2年かかりましたが興味を持っていた研究ができる東京工業大学に入学しました。ところが大学4年生になって本格的に研究をはじめるとき、行きたかった研究室(※3)の定員が一人オーバーしてしまい、じゃんけんをした結果わたしが負けて、入ることができませんでした。しかたなくやりたかったこととは別の研究をする研究室に入りました」
その後、最初に希望していた研究室に入ることができたという白川先生。しかし、じゃんけんで負けて入った研究室で学んだことが、結果的に大発見につながったといいます。「高校時代にラジオを作って電気の流れに興味を持っていたことや、希望がかなわずに別の分野の勉強をしたこと。こうした『趣味』や『回り道』が全部、その後の研究の役に立っているのです」
※3 研究室…大学では勉強したいことを専門としている教授に、少人数で直接指導を受けます。
失敗の連続からノーベル化学賞受賞へ
ノーベル化学賞受賞の連絡をもらったとき、「『これはめんどうなことになった』と思いました(笑)」と白川先生。同時に、失敗しては挑戦しなおす、をねばり強く続けてきたことが認められたと喜びをかみしめたと言います。
「わたしは、大学に入るのに2年かかっていますし、決して秀才だったわけではありません。ノーベル賞を受賞した研究も、そもそも実験の失敗が始まりでした。実験に失敗したことから、『なぜ?』と興味を持ち、追加実験をくり返して、結果として電気を通すプラスチックの発見に結びつきました。
一番うれしかったのは、ノーベル賞受賞の記念講演のとき、選考委員長が『あなたたち3人は(授賞は3人同時)セレンディップの3人の王子です』と紹介してくださったことです。『セレンディップの3人の王子』というペルシャのおとぎ話で、“思いもよらなかったことがきっかけで、すばらしい発見をする才能”をあらわす「セレンディピティ」のもとの言葉となった物語です。ノーベル賞の選考委員が、失敗と挑戦をくり返しながら発見にたどり着いた私の道のりをきちんと見てくれたのだ、と思えたからです」
興味からめばえる“科学の芽”を大切に
2005年から小学校5年生から中学2年生までの子どもを対象に、自然に親しみながら科学に興味をもってもらう5泊6日の科学教室を開いていた白川先生。「子どもたちが自分の手で実験して、実際によい結果になるとすばらしい笑顔になります。それがとても楽しみでした」
「理科だけをとりあげようとしたら、理科に興味がない子に興味を持たせることはできません。でも、何も興味がない、という子どもはいません。野球が好きだったなら、野球のボールがどうしてあの大きさなのか、どうして9人でやるのか、最近は球速がすぐに表示されますが、どうやって計測しているのか、疑問に思うことにさまざまな“科学の芽”があります」
「子どもたちには、百聞は一見にしかずということわざをもじって『百聞は“一実験”にしかず』という言葉を話します。実験してよく観察する、それをよく記録する、そして記録したことをよく調べる、調べたことをよく考えなさい、と伝えます。」
1965年に日本人で2人目にノーベル賞を受賞した朝永振一郎先生が残した色紙が京都市青少年科学センターにあります。そこにはこう書かれています。
子どもたちには、この色紙の言葉を届け、身近なことから理科に興味を持ってもらえるようになってほしい、と期待する白川先生からメッセージをいただきました。
「あるもの、起きたことをそのまま受け止めるのではなく、自分の中にわき出した疑問を追いかける。それは人それぞれです。あなたの興味から芽生える“科学の芽”を大切にしてください」
白川英樹(しらかわ・ひでき)
1936年、東京生まれ。東京工業大学卒。筑波大学教授、総合科学技術会議議員を歴任。2000年、「導電性高分子の発見と発展」でノーベル化学賞受賞。文化功労者、文化勲章受章。現在は筑波大学名誉教授。子どもにじかに“楽しめる理科の実験”を教えることがライフワーク。
理科を楽しむきっかけを見つけよう
あなたは最近、「なぜだろう」と思ったことはありますか? 天気でも、物の形でも、聞こえてくる音でも、さわった感触でも、何でもかまいません。理科はむずかしい、と思い込まずに、こうした自分の中に生まれた「不思議」を追いかけて調べてみましょう。
東京都内には、理科を身近に楽しめる施設がたくさんあります。また、自分の研究成果を発表するイベントも開催されています。まずは自分の“興味の芽”をふくらませることから始めてみましょう。
東京都内の「理科」を体験できる施設
❖おしらせ 令和5年度東京都小学生科学展を見に行こう!
東京都では、科学が好きな子どもを育て、応援するため、「東京都小学生科学展」を開催しています。各区市町村や都立小学校、都立特別支援学校小学部の1〜6年生が、自分で決めたテーマについて研究した成果を出品し、そのなかから東京都知事賞などが選ばれ、表彰式もおこなわれています。1月に代表作品の展示会があります。
👉 研究の進め方、まとめ方のヒントはこちら
👉 展示会のご案内はこちら
▷区部開催
展示期間: 令和6年 1 月 12 日(金)~14 日(日)
場所: 日本科学未来館(江東区青海 2-3-6)
▷市部開催
展示期間: 令和6年1月 19 日(金)~21 日(日)
展示期間: アキシマエンシス(昭島市つつじが丘3丁目3-15)
※ 区部開催、市部開催ともに、展示内容は変わりません。