2023年11月号
現代に受け継がれる東京都の伝統工芸
東京にも伝統工芸品があることを知っていますか? 東京都は、東京で長い歴史と伝統があり、伝統的な材料を使って伝統的な技術で作り上げる工芸品を「東京都伝統工芸品」として指定しています。2023(令和5)年1月には「東京手彫り印章」が加わり、その数は全部で42になりました。「東京手彫り印章」は江戸時代から続く手彫りで作る印章、つまり「はんこ」のことです。歴代将軍の印章などを作る専門の職人「御印判師」が江戸時代初めの1643年にいたことが、古い記録からわかっています。
職人が一つひとつ、心を込めて丁寧な手仕事で生み出す伝統工芸品。では実際に、伝統工芸の世界をのぞいてみましょう。
華やかな輝き 江戸切子は光のマジック
色付けしたガラスの器をカットして美しい文様をつける「江戸切子」は、1834年、加賀屋久兵衛という人がガラスの表面に文様をつけたのが始まりと言われています。1881年にイギリスからカットガラスの技師を招いて指導を受けたことから、ガラスを削って文様をきざむ技術が広まったといいます。江戸切子のグラスを手に持つと、カットされた繊細な文様が華やかに輝き、まるで光のマジック。おもわずうっとりと見つめてしまいます。江戸切子協同組合の代表理事をつとめる篠崎英明さんに話を聞きました。
「父が職人だったこともあり、大学を卒業して22歳で本格的にこの道に入りました。友人たちはみんな一般企業に就職したサラリーマンです。当時は、決まった休みがある友人たちがうらやましくてしかたがありませんでした」と振り返ります。「30歳を過ぎてようやく組合主催の江戸切子新作展で入選するようになり、この道しかないと突き進んできました」
以前はソーダガラスという素材がもっとも広く使用されていましたが、今ではほとんどが透明度の高い「クリスタルガラス」になりつつあります。より繊細で細かい装飾をつけられるようになり、さまざまな個性と技術をもった職人さんの手によって多様な作品が作られています。
江戸切子の製造工程(提供=江戸切子協同組合)
「今の江戸切子は以前の作品より輝きを増し、より華やかになり、より繊細な線を削り出しています。今では海外からのお客さんも増えていて、腕の良い職人の作品なら何年待ってもほしいという人が出てくるようになりました。父は『職人は死ぬまで修行だ』と言っていました。才能ある若手職人も次々と育っていますから、私もそれに負けないよう、さらに前に進み、私でなければできない作品を作り続けていきたいと考えています」と篠崎さんは話しています。
色の魔術師が染め上げる、東京無地染
和服用の絹の布を、濃淡をつけずに端から端まで均一に染め上げるのが「東京無地染」。江戸時代以前は草木染など自然の染料でしたが、明治以降海外から化学染料が入ってきました。職人は基本となる3色の染料を混ぜ合わせ、生み出す色彩はなんと180種類。染料の濃度やつけ込む時間を調整し、オーダーの色にぴたりと合わせるのがまさに職人技。江東区で東京無地染の工房を営む近藤良治さんに話を聞きました。
近藤さんは色とりどりの色見本をながめながら、「これはあくまでも見本。生地の素材によっても染め上がりは変わりますし、お客さんもそれぞれ求める色は微妙に違ってきます。その要望によって無限に色を作り出します」と話します。
近藤さんが社長をつとめる「近藤染工」は、父親である先代が、1951年(昭和26年)に近藤染工場として創業。染物は水を大量に使うため、水がきれいな神田川のそばでさかんになりました。
近藤さんは、大学卒業後に入社しましたが、「父親は、注文をきくと、染料を混ぜて、注文通りの色をすぐに作り出していました。私はというと、見本の色通りになった、と思っても、依頼主から『これは違う』と返されてやり直すことが何度もありました」と話します。マニュアル通りの調合では生み出せない色彩感覚を身に着けるには、10年以上かかったと言います。
「着物の生地は1反、2反と巻物のようになった形で取引されますが、たとえば100反の布を同じ色で染めてほしいと言われても、全く同じ色を一度に出すことはできません。着物の生地は最初から白いのではなく、黄色っぽいものを『精練』という工程で白くしています。精練する釜の中の位置によって、条件が少しずつ違いますからあがりが同じ白に見えても、一つひとつの状態は違っています」と近藤さんは、同じ色を出すことの難しさを語ります。
近藤さんは、独自の感覚で染料を調合して、注文された色を作り出します。そして反物になった白い生地を回転するドラムのようなものにまき付け、大きな釜につけ込みます。染める液の温度は80℃から90℃。工場の中は熱気がこもり、猛烈な暑さの中で仕事を続けます。温度やつけ込む時間によっても仕上がりは違ってきますが、近藤さんは長年の経験と勘で布地を染めていきます。
近藤さんは反物のほかにストールや手ぬぐい、ブックカバーなどの新作にも取り組んでいます。「この東京無地染を残していくためにも、時代に合った物作りをしていかなくてはいけない、と思っています。次の世代へと技術を継承できるように、もっといろいろな取り組みをしていきたい」と近藤さんは話しています。
東京都の伝統工芸品
職人と呼ばれる、それぞれの仕事のプロが一つひとつ丁寧に作り上げた伝統工芸品は、手作業ならではの温かみがあったり、機械では表現することが難しい芸術性あふれる作品ばかり。みなさんも、東京都の伝統工芸品に興味を持ったら、その作り方や歴史、その地域で発展した背景などを調べてみるとおもしろいかもしれません。
👉調べてみよう! 東京の伝統工芸品 | 東京都産業労働局