2024年3月号
漫画家を支える「編集者」の仕事
みなさんは大人になったらどんな仕事をしたいですか? 自分が好きなこと、得意なこと、誰かの役に立つこと、まだ誰もやったことがないこと――。いろいろな夢があるでしょう。
日本には1万7000を超える職種があるといわれています。でも、最初から最後まで一人でする仕事というのは多くありません。たとえば建物を建てるには、設計図を描く建築士、工事を指揮する現場監督、足場を組み立てるとび職、壁を仕上げる左官……といったように、一つの仕事をするためにたくさんの人が力を合わせていますよね。
「漫画を読者に届ける」という仕事にも、作者である漫画家をかげで支える縁の下の力持ちがいます。作者がより面白い漫画を描けるように、あらゆる手助けをする「編集者」という職業です。 漫画はどのようにして生まれているのでしょうか? 小学館「週刊少年サンデー」の編集長で、青山剛昌先生の『名探偵コナン』を担当したこともある大嶋一範さんに、漫画編集者の仕事について教えてもらいました。
漫画家と二人三脚
「週刊少年サンデー」は、1959年から発売されている、65年もの歴史がある少年漫画雑誌です。これまでに高橋留美子先生の『うる星やつら』や野球漫画の名作・あだち充先生の『タッチ』、そしてみなさんご存じ青山剛昌先生の『名探偵コナン』、昨年からテレビアニメの放映が始まった『葬送のフリーレン』(原作・山田鐘人先生、作画・アベツカサ先生)など、時代をいろどるたくさんの名作やヒット作を生み出してきました。大嶋さんは2021年からサンデーの最高責任者である編集長を務めています。
サンデーの編集部には、編集長を含めて約20人の編集者がいます。サンデーに掲載されている漫画は25作くらいですが、スマホで読めるアプリの作品もあるので、だいたい1人あたり2〜3作くらいを担当しています。「サンデーは週刊です。なので、編集者は毎週、漫画家さんが締め切りに間に合うように打ち合わせをしてスケジュールを組んだり、上がってきた原稿に目を通して気づいたことを伝えたりします。
ほかにも、漫画のストーリーに使えそうなアイデアや先生のひらめきにつながりそうな資料を集めたり、漫画を描く手伝いをするアシスタントを紹介したりすることも。漫画家さんの描く助けになることならなんでもやります」と大嶋さんは話します。先生方もお一人お一人個性があるので、漫画家の体調や心をケアするのも大切な仕事なのだそう。まさに、二人三脚です。
漫画をさらに面白くしていく
青山剛昌先生の『名探偵コナン』は、1994年から始まったサンデーでも史上最長の連載を続けている作品です。これまでに単行本は世界で2億7000万部も売れているほか、漫画は25の国と地域で読まれ、アニメは40の国と地域で放送されているなど、世界中で人気を集めています。
「『名探偵コナン』の場合は、ひとつの事件が解決するまでを、だいたい3週に分けて描きます。だから毎月1回、青山先生の家を訪ねて、綿密な打ち合わせをします。大切なのは、どんなトリックにするのかということと、事件を起こした犯人の動機は何か、ということ。コナン君はこれまでに300以上の事件を解決していますから、ほとんどのトリックや動機は出つくしています。新しいアイデアを生み出すことがとても難しいので、担当編集者は新聞や雑誌、テレビ、スマホなどでありとあらゆる情報を集め、何かヒントはないか常に探しています」と大嶋さん。アイデアがひらめくまで話し合いは続き、ご飯を食べるなどの休憩をはさみながら、長いときは12時間以上も話し合うことがあるそうです。
たとえば、あるとき大嶋さんは、紙を丸めて立てると、ある程度の重さのものを支えられる、というヒントを思いつきました。それを青山先生に話すと、「それは面白い。コナン君を乗せてみたらどうだろう。ただの紙でなくてお札だったらもっと面白い」と青山先生のイメージは広がり、実際に一つのエピソードになりました。
ときには、お店で材料を買って、本当にできるのか試してみたり、「川中島の戦い」という歴史上有名な合戦を題材にしたときは「じゃあ実際に長野の古戦場に行ってみよう」と、青山先生と一緒に訪ねたりしたこともあったそう。ストーリーにリアリティを持たせ、作品の世界観をファンに届けることにも、編集者が一役買っているのですね。
そして一つのアイデアがストーリーに結びついたら、「先生が仕上げたネーム(鉛筆などで描いたスケッチのような下書きのこと)を読むためにまた家にお邪魔して、初めての読者としてリアクションします。ただ素晴らしいとほめるだけではダメで、作品をさらに面白くしていくために、どこがどう面白いのか、ここらへんがわかりにくい、などきちんと指摘することが編集者に求められていること」と大嶋さんは言います。
「才能ある漫画家を支え、さらに作品を面白くすることで、多くの人に読まれるようお手伝いをする。編集者という仕事があることを知っている人はあまりいないかもしれません。けれど、漫画家と“二人三脚”で作品を作り上げるという日本ならではの手法が生まれ、受け継がれてきたからこそ、日本の漫画は発展し、世界で愛される存在になっているのだと思います」。大嶋さんは、編集という仕事に誇りをもって取り組んでいます。
すでに人気のある漫画を支えるのも編集者の大切な仕事ですが、大嶋さんは、一番のやりがいは「新しい才能を探し、磨き上げ、世に送り出すこと」と話します。デビュー前の作品に目を通して光るものを見つけ、育て、雑誌に掲載して読者を獲得して、人気漫画家になってもらう。「有望な新人をみつけ、新しいヒット作を生み出すことが一番の力の入れどころです」と大嶋さんは話します。そのために、持ち込まれる作品には必ず目を通し、できるだけたくさんの漫画家の卵と連絡を取り合うようにしていることを教えてくれました。
「好きなことを」を大切にしよう
大嶋さんはどうやって漫画の編集者になったのでしょうか。「大学に入学したころは法律家を目指そうと思っていましたが、法律の塾に行くのがいやでやめました(笑)。大学で漫画を読むサークルに入ったのがきっかけかもしれません」。漫画の編集者になった先輩の話を聞き、「漫画家と一緒に仕事をするなんてすごい」と思い、自分もなってみたいと考えたそうです。そして小学館という出版社に就職しました。「最初は『月刊コロコロコミック』の編集部でした。そこではゲーム会社さんやおもちゃメーカーさんと協力して新しい漫画を作ったり、ゲームやおもちゃの見本市やイベントを担当したりしました。『コロコロ』からは、ミニ四駆やベイブレード、ハイパーヨーヨーなどのヒット商品がたくさん生まれているんですよ」と話してくれました。
「当時は部数が100万部あったので、100万人の子どもに届けるのだから、しっかりしないと、という思いで仕事に取り組んでいました。その中にはもしかすると未来のメジャーリーガーや総理大臣がいるかもしれない。だから誰一人としておろそかにしてはいけないと自分に言い聞かせていました」。
コロコロ編集部時代の仕事の楽しさが伝わるエピソードがあります。ゲームやおもちゃを紹介するイベントで全国を回っていたときのこと。ある会場で大嶋さんが、集まった約1000人の子どもたちに『イナズマイレブン』というゲームの最新映像を披露したところ、ゲームの主題歌の大合唱が自然にわき起こったことがあったそうです。「ゲームの面白さ、歌のよさを自分なりに伝えたら、たくさんの子どもたちが集まり、会場一体となって合唱してくれた。これ以上ないほど感動しました」。大嶋さんは、そう当時を振り返ります。
みなさんは未来の仕事について考えたことはありますか? 大嶋さんは「自分の好きなことを大切に」と話します。「わたしの場合、編集者を意識したのは大学生のころでしたが、子どものころから漫画が大好きでした。ときには大変な苦労をすることもありますが、好きなことを仕事にしているなんてこんな幸せなことはないと自分でも思っています。ですから、みなさんも、今好きなことを一生懸命になってやり続けると、次第に道が開けてくると思います」とアドバイスしてくれました。
大嶋一範(おおしま・かずのり)
「週刊少年サンデー」編集長 。1980年生まれ。2003年に小学館に入社後、2014年まで「月刊コロコロコミック」編集部に所属し『イナズマイレブン』『パズドラZ』などを担当。その後、「週刊少年サンデー編集部」に異動し、『名探偵コナン』などの担当編集や映画作品、キャラクターの商品化、小学館の漫画アプリ「サンデーうぇぶり」の立ち上げなど幅広い仕事に携わる。2021年10月から21代編集長。
取材協力=小学館「週刊少年サンデー」編集部