2024年6月号
「脱炭素」に向けた社会づくり
みなさんは、オレンジジュースやチョコレートの値段がだんだん上がってきていることを知っていますか? 日本では、オレンジジュースのもとになるオレンジや、チョコレートの原料であるカカオは海外からの輸入に頼っています。ところが、その主な生産地で、大雨や雨が長い間降らずに地面が渇いてしまう干ばつなどが起きて、オレンジやカカオが大きな被害を受けました。そのため、輸入できる量が少なくなり、原料不足になっていることが値上がりの一つの原因です。
日本では、夏の猛烈な暑さが当たり前になり、台風などの大雨で川の水があふれる被害が毎年のように起こっています。また、世界各地で干ばつや大雨などの異常気象が増えています。
こうした異常気象はどうして起こるのでしょうか。
その原因は、人間が出す二酸化炭素の量が増えていることにあります。わたしたちは二酸化炭素をなるべく出さない「脱炭素」社会を目指さなくてはいけません。さて、「脱炭素」とは、そもそもどういうものなのでしょうか。異常気象などの気候変動の専門家である東京大学教授の江守正多先生にお話を聞きました。
二酸化炭素が引き起こす異常気象
気象庁によると、地球の平均気温は100年間に0.76℃のペースで上がっていて、日本では100年前と比べると1.35℃上がっています。こうした“高温化”により、大雨や強力な台風などのほか、日照りが続いて農業に必要な水が足りなくなる干ばつが世界規模で増えています。このまま何もしなければさらに気温が上がり、もっと深刻になっていくと予想されています。
では、どうして温暖化が進むと異常気象が増えるのでしょうか。
気温が上がると、空気にふくまれる水分(水蒸気)の量が多くなります。そうすると雨が降るときにも、たくさんの量が降ることになります。一方で、地面の水分が空気に変化(蒸発)しやすくなるため、雨が降らない日が続くと地上がカラカラに乾く「干ばつ」を引き起こします。江守先生は、「これまでも大きな水害や干ばつは起きてきましたが、温暖化によってより被害が大きいものが増えていくと考えられています」と話します。
さらに、海水面が高くなる現象「海面上昇」も引き起こします。氷河などの陸上の氷が温暖化によって溶けていることと、水は温度が高いほうが体積が増えることが原因です。世界の平均的な海水面は100年前と比べて今では20cmほど上昇しているといいます。「今世紀末(2100年)には海面は100年前と比べて50cmから1mくらい高くなると予想されています。これがさらに進むと、南太平洋の小さな島国などが海面上昇によって海の中に沈んでしまうかもしれません」
江守先生は、このまま地球の温度が上昇すると、動物や魚類、植物も大きなダメージを受け、生態系が崩れるおそれがあると話します。「今、日本の漁業では、これまでとれていた魚がとれなくなったり、温かい海の魚がとれるようになったりしています。農業でも、作物の生産にあった土地がだんだん変わってきています。気温が上がり、これまでと同じ場所では育ちにくくなっているのです。野生の生きものはさらに深刻で、気候の変化に対応できなくなって絶滅する種が増えることも考えられます」
いま「脱炭素」が必要な理由
こうした地球全体の危機の原因となっているのが、地球を温める「温室効果ガス」です。温室効果ガスには地球を温かく保つ性質があり、生物が地球で暮らしていくためになくてはならないものです。しかし、温室効果ガスが多すぎると、その熱をためる性質のせいで、地球の外に熱が放出しきれなくなり、地球温暖化を招きます。そのバランスを崩す原因をつくっているのが、わたしたち人間です。
温室効果ガスには何種類かありますが、人間が増やしている温室効果ガス全体のうち約4分の3にあたる影響力を持つのが「二酸化炭素」です。
それでは、二酸化炭素とはどのようなものでしょうか。江守先生は「二酸化炭素は、わかりやすく言うと、ものを燃やしたときに出るガスです。動物がはく息の中にも二酸化炭素がふくまれるため、よく『息をしないほうがいいの?』と聞かれることがあります。しかし息から出る二酸化炭素は食べた食料から生まれたもので、大元は空気の中の二酸化炭素を吸って成長した植物からできています。この場合は、自然の中を二酸化炭素が循環しているので問題にはなりません。問題は大昔の植物などが地下深くで長い年月をかけて化石化した、石炭、石油、天然ガスといった「化石燃料」から発生する二酸化炭素です。人間はおもに化石燃料を燃やして電気などのエネルギーを作り出していますが、そのときに大量の二酸化炭素が出ます。大昔から地下にねむっていてそれまで地球の表面にはなかった二酸化炭素を、現代の地球の表面に新しく増やしてしまうことが、地球温暖化の大きな原因になっています」と教えてくれました。
「脱炭素」とは、人間が発生させる二酸化炭素をできるだけ減らし、また森林の手入れをすることなどで空気中の二酸化炭素を吸収し、実質的な排出量をゼロにする取り組みや考え方のことです。地球温暖化を少しでもおさえるためには、「脱炭素」を目指すことが大切だと、国際的にも意見がまとまっています。
地球温暖化を止めるための「社会づくり」
それでは、わたしたちは地球温暖化を食い止めるために、何をしたらいいのでしょうか。
江守先生は、「このままでは、みなさんが大人になるころには、今よりさらに猛暑がひどくなり、大きな水害や土砂崩れが起きることが増えていくでしょう。今すぐなんとかしなくてはいけない状況です。冷房の温度設定に気をつけるとか、自動車に乗らずに公共交通機関を使うなど、一人ひとりの心がけも大切ですが、もはやそれだけでは温暖化は止まりません」と危機感をもって話します。「みなさんには少し背のびをして、家で使っている電気がどうやって作られているのか、ぜひ家族で話してほしいと思います。大きく社会や生活を変えることが必要だということを理解し、その社会づくりを応援してください」と力をこめて話します。
東京都の二酸化炭素排出量削減に向けた取り組み
わたしたちは、毎日「電気」を使っていますが、東京で使われている電気のほとんどは、東京から離れたところにある発電所でつくられて、東京に送られています。では、その「電気」は、どのようなものからつくられているでしょう。
ひとつは、太陽の光や風の力など「自然のエネルギー」からつくられた電気。これは日本でつくられる国産のエネルギーですが、東京ではまだ少なくて約20%しかありません。わたしたちが使っている電気のほとんどは、石炭や石油、天然ガスなどの化石燃料を燃やしてつくられています。つまり、二酸化炭素を排出しています。そしてこうした化石燃料はほかの国から買っている、つまり、「輸入」に頼っています。
東京都は“首都から社会を変えよう”と、2050(令和32)年に二酸化炭素排出量を実質ゼロにする「ゼロエミッション東京」の実現を目指しています。そのため、2030(令和12)年までに二酸化炭素排出量をふくむ温室効果ガス排出量を半分に減らす「カーボンハーフ」を目標としています。
その取り組みの一つとして、2025(令和7)年4月から、住宅メーカーなどに対して、新しく家などを建てるときに、太陽光パネルを取り付けることと、外の気温に影響されにくく「夏を涼しく、冬を暖かく保つ」性能(断熱性能)が高い省エネ型の建物にすることを求める制度「建築物環境報告書制度」をスタートさせます。実は東京都の二酸化炭素排出量の約7割は建物でのエネルギー利用から発生しています。東京都はこの新しい制度を開始し、これから建てられていく建物から確実に二酸化炭素排出量を減らしていきます。
また、たくさんの会社がある東京には、会社が使うビルや工場がたくさんあります。そこで東京都は、たくさんの二酸化炭素を排出している大きな建物に、「この量の二酸化炭素を必ず減らしてください」というルールを作っています。これは「東京都キャップ&トレード制度」というもので、ルールで決められた二酸化炭素排出量を減らせなかったときは罰もあるとても厳しいものです。制度の対象となる建物は二酸化炭素排出量を減らすため、省エネ対策などに取り組みますが、ルールで決めた量まで二酸化炭素を減らせないときは、よりたくさんの二酸化炭素を減らした会社にお金を払って、減らした量を分けてもらうこともできます。制度の対象となる建物が力を合わせて全体で目標を達成することを目指しています。
東京都はこうしたルール作りをすることで、「脱炭素」に向けて社会全体が動き出せるように取り組んでいます。江守先生は「このようなルールができるとみんなの考えも変わってきます。東京だけでなく、こうした動きが広がり、住んでいる人や働く人たちに理解されていくことが必要です」と話してくれました。
わたしたちにできること
東京都ではこうした社会づくりとあわせて、わたしたちにもできる“電力を「Hへらす」「Tつくる」「Tためる」HTT”を呼びかけています。HTTは「電気を大切に使う」ための合言葉です。このうち「Hへらす」の取り組みとしては、エアコンのフィルターをこまめに掃除することや、夏は冷蔵庫の庫内温度を「中」にすること、家電を省エネルギー性能が高いものに買いかえることなど、みなさんのおうちでもできることがたくさんあります。
一人ひとりが地球の将来を考え、自分にできるやり方で社会の変化を後押しすることには大きな意味があります。みなさんもぜひ、まわりの大人と「脱炭素」や「家でできること」を話し合ってみてください。
取材協力・記事監修=東京大学未来ビジョン研究センター 副センター長・教授 江守正多先生
取材協力=東京都環境局